過去の日記 

過去にいたのは今の自分とは別の自分なのか

ダブリンからイングランドへ ~イギリス旅行16日目~

 1999年9月7日(火)at ROYAL HOTEL (CREWE)
PM 7:00
Maは外へ行っている。Maはタフだと思う。ホテルへついてもすぐに靴を磨いたり、お風呂へ入ったり。それに比べ、私はクラッカーを食べたり、パンを食べたり。朝はちょっとぶつぶつ言っていたけど、日中はそうでもなかった。
アイルランドのお金は、小銭が一銭も残らなかった。すごい。最後に絵葉書2枚買った。
Maがすごく昨日の朝食を根に持っていて、朝ごはんはいらないというので、朝ごはんは昨日の残りでサンドイッチにして出かけた。あとアボカド、ぶどう。
8時半すぎに出てリュックをかついでフラフラ、タラ駅へ。バスも混んでいて、乗るのがしんどそうだった。
ダンレアリーで切符を買う。£40だった。「えー、£35じゃないのね」って感じ。ギリギリだったら困っちゃったところ。ホーリーヘッドから来ていた電車に乗る。チェスターの次のCREWEで降りる。降りるときに、手間取って後ろの人に「ジーザス」とかなんか言われる。やんなっちゃうね。
CREWEは観光地じゃないので、なんとなく嫌な予感がする。つまり宿についてなんだけど。
ツアリストインフォメーションみたいなのもしっかりしたのはないようすだった。駅構内のインフォメーションがそれらしきことをやっていたので、Maが部屋を探している、という。私は「チェスターに戻ったほうがいいんじゃないかなぁ」と言ってた。「£50くらいで」というと、£30の部屋を紹介してくれる。それも安すぎてちょっとコワイ。でも他にはもっと高くする(£60~70)というので、とりあえずそこでいいといったけど、電話をかけたら、相手がでなかったので、住所とtelを聞いて、インフォメーションを出た。
「センターに向かってみよう」とMaがいうので、とりあえずふらふらしてみたけど、やっぱりリュックが重い。
駅前にホテルがあり、£30~となっていた。うーん、ふたりで£60くらい? ぐるっと回ってもあまり目にとまるものはなく、1つきいたHOTELはもう満室になっていた。
インフォメーションで聞いた番号にtelしたけど留守録。で、駅前のホテルに行ってみようということになった。私は何となく気が進まなかったんだけど。高い割にあまりキレイじゃないんじゃないかと思って。でもふたりで£50で、部屋も広くてまあまあだ。片方の部屋のシーツがチェンジされてなかったので、言って、変えてもらった。
さて、明日はどこまでいくのやら。
さっきネクタリンを食べた。あとパンも半分。
Maが帰ってきて、ピザをもってきてくれた。チーズたっぷりピザを食べた。お腹いっぱい。火を通してるものを食べるとうれしい。あとバナナ、食べた。

 アイルランドで残ったお金
£20×6=£120
ようするに、110.48+461.36=£451.84 を使っただけ 5泊6日
約90368円

 本日使ったお金
ミネラルウォーター 2本 ピスタチオ
チェックアウト £70(ほんとは£72 おまけしてもらった)
電車(→ダンレアリー)£1.1×2
ハガキ でんわ

 イングランドで
ホテル代(前払い)£50
でんわ 50p
ピザ バナナ £3
〆て£53.75 ≒10750円


追記:2026年10月27日(火)
アイルランド(ほぼダブリンのみ)を駆け足で見て、イングランドに戻ってきた。アイルランドからフェリーに乗り、チェスター経由でクルーで下車。
とにかく、移動したら、その日の宿を見つけるのが仕事みたいなものである。
この時に泊まった、朝食が母のお気に召さなかったロイヤルホテルの建物は今も現存の様子(チャッピーに聞いた)。
いま見ると、重厚で、なかなか味のある建物だが(19世紀の建物らしい)、まったく記憶にない。まあ、そこらじゅう、こんなのなので、感覚もマヒしてくるんだろうと思う。

 

 

 

30回目の誕生日 ~イギリス旅行15日目~

 1999年9月6日(月)PM 2:15 at アリモアハウス
本日は朝からMaはちょっぴりぶつぶつモード。つかれているのかな。どうもダブリンはよくない。おねーちにtelした。一台目の電話はこわれていて£1を飲み込んだまま吐き出さなかった。£1も! ぷんぷん。

 PM 7:00
朝ごはん、Maはビーンズ、私はトマト、マッシュルーム、目玉焼き。目玉焼きは固くしてくれって頼んだのに(いちおう両面焼きになっていたけど、ぜんぜん固くなかった)。コーヒー、おいしくなかった。それでMaの宿の評価が決まることになった。
朝ごはんのあと歩いて、ダブリンの中心街へ行き、インフォメーションで船について調べ、ホイッスルを買い、M&Sで買い物をした。
行きはよかったけれど、帰りはやっぱりつかれた。
宿へ帰ってパンを食べ(帰り道でスコーンとレーズンスコーンとパンケーキを買った)、果物を食べた(ぶどう、前も買ったやつ)。
昼寝をし(すごく不自然な格好で寝てしまった)、起きたあと、モモを食べた。最近よく果物を食べる。
雨が降った。ポテチを食べる。さっきまた外へ出て(コーヒーでもしようと)、買い物をした。サーモンとか買った。
今、Maが紫玉ねぎをむいている。Maはつかれていてもマメだ。ある意味すごいと思う。サンドイッチの用意をしているのだ。明日はイングランドへ戻る。
旅行も、あと正味9日くらい。でも十分たんのうした気がする。

 

本日使ったお金
切手5枚 £2.25
笛2本 £7.9
電話 £2(+£1 ←とられた)
M&S £5.42(ネクタリン・桃 各2 ぶどう ポテチ小)
パン屋 £1(スコーン、レーズンスコーン、マフィン)
£19.57≒3914円
 買い物£4.65(クラッカー 赤玉ねぎ サーモン ヨーグルト ピーマン クッキー マクビティ) 
合計 £24.22


追記:2026年10月26日(月)
今は、海外から日本にいる家族に連絡をとるのも簡単でお金もかからないが、当時(27年前)には「国際電話」という手段しかなく、かつ料金も高額だった。「元気だから。いまはダブリン。心配しないで」と、一言、二言話すだけ。そのころから比べると、ほんとうに便利な時代になったと思う。
わたしは生卵や、半熟の卵が苦手なのだが(現在でも)、この旅行では、朝食で出てくる卵をなんとか「固焼き」にしてもらおうと、四苦八苦するのだが、なかなか思い通りの「固焼き」は実現しない。おそらく、料理人が「これくらいのほうがおいしい」と気を利かせてくれるのだとは思う。
ダブリンの楽器屋さんでかった「ティンホイッスル(金属製の縦笛)」は、いまでもタンスの中に転がっている。
ちなみにこの日は、わたしの30回目の誕生日。自分でも何も触れていない。

アイルランド4日目 ~イギリス旅行14日目~

 1999年9月5日(日)PM 5:55 at アリモアハウス
今朝はいつもに比べると起き上がったのが遅い。7時半ごろ。本日はトリニティカレッジの宿のcheck outだから(それも10時)あんまりグズグズできないと思いつつ、Maが寝ているのはめずらしいので少しでも長く横になっていてほしいと思う。
夜中に1回(Maが起きたので)起きたものの、よく寝たように思う。
今日は暑い。昨日も暑かったけど。イギリスに来た頃は妙に寒かったのにこの頃は暑い。さっき宿についたときに奥さんが「インディアンサマーだ」といっていた。今朝もごはんのときに余分にパンをとってお昼に回した。チェックアウトのときにAre there any places or rooms where we can leave our luggage? と聞くと、あって、そこに各1個、£1で預けることができた。
で、通りをぶらぶらし(しかし日曜なのであちこち閉まっていた)ちびのバイオリン弾きに50pあげたり、M&Sで買い物をしたり。お昼は昨日と同じ公園でたべた。しかし、トリニティカレッジだけでなく、ダブリンはあちこちくさい。「ドブリン」「くっさカレッジ」と名付ける。そうそうトリニティカレッジでは£3でダブリン紹介のビデオフィルムを見た。
バスにのって、ドラムコンドラのアリモアハウスまで。
バスストップは「after クイーンズパブ」と教えられたけど、よく意味がわかってなかった。結局クイーンズパブの次のバスストップってことなんだけど。
部屋はこざっぱりしていて快適。総じてB&Bのほうがいつも良いように思う。
さっきM&Sで買ったラズベリーを食べた。これはいまいちだった。ブラックベリーはおいしかったのにね。フランボワーズのにおい。プラムはおいしかった。中の果肉は(赤と思っていたのに)オレンジだった。
Mamaはさっき、そこらへんを見てくるといって、出て行った。

本日使ったお金
ペン(青)£1
クローク £1×2
フィルム £3×2
バス代(二人で)£1.6
パン £1.09
M&S £6.68 ラズベリー プラム ポテチ パン アボカド2個
投げ銭(男の子に)50p
£17.78≒3556円

 

PM 9:53
Maはウイスキーを買ってきて飲んだ。少し酔っぱらってハイに&ちょっとぶつぶつ。パンを(M&Sの)外に行って食べた。Maはハイになっていた。男の人が「ラブリー」と声をかけてきたりする。でも女の人がかけてこないのはナゼだろう。
Maがお酒を飲むのは良いことなんだろうか、よくないことなんだろうか? 
ほんとすっきりと元気になってくれるといいんだけどなぁ。
今日はおねーちにでんわをかけそびれた。

 


追記:2026年10月25日(日)
そうそう、このときの旅行中に印象に残ったのは、人々がやたらlovelyという単語を使うということだった。おそらく「いいね」くらいの意味だと思うのだが、日本語の「ラブリー」とは明らかにちょっと違う感じで、やたら頻繁に出てくる。
日本の英語勉強では(英会話などでも)、出てこなかった単語なので、意外に思ったのを覚えている。
排水口のにおいのする、トリニティカレッジの学生寮の宿には閉口したが、「くっさカレッジ」という(ひどい)ネーミングを含め、しっかり記憶に残っている。文中に出てくる快適なB&B「アリモアハウス」についてはまったく覚えていない。まあ、そういうものなのだろうと思う。

バスツアーでアイルランドの古代遺跡を見に行く ~イギリス旅行13日目~

 1999年9月4日(土)AM 11:29 at トリニティカレッジ
少し気分持ち直したか。
昨晩はひどい気分だった。しかしMaは昨晩も、あまりよく寝てなかったのじゃないかな? 夜中の3時に起きて洗濯(ズボンの)をしていた。それで私も目が覚めてさらにひどい気分に。なんでこんな夜中に洗濯するの? ちゃんと寝てよ、って。相変わらず外はうるさいし、あの、横断歩道のポポポポポという音はするし。
朝、起きたときは少々うんざりな気分。しばらくひとりで沈没していたいような。でも、Maだって疲れているのだし、私の気持ちでさらに落ち込ませてはいけない、と思ったりする。
Maがお湯でしぼったタオルで首筋やら腕やら拭いてくれる。すごく気を遣ってくれているんだと思った。

 朝ごはんは学食で、コンチネンタルと書いてあったけど、いわゆるイングリッシュブレックファーストだった。セルフサービス式。
オレンジジュース、コーヒー(ミルクも)、トースト、クロワッサン、トマト、ハッシュドポテト、プディング白黒、をとる。スコーンとロールパンはとってお昼にすることに。プディングといっているように聞こえたナゾのもの。ミンチ肉でできているみたい。黒いほうはまったく真っ黒。コショーがたくさん入ってるよう。まあおいしかったけど、半分にしておく。
朝ごはんのあと、気分も持ち直し、そのまま外へいく。
ツアリズムセンターで今日のバスツアーのブッキングをし、テンプルバーへ行き(何もなかった)グラフトン通りを見る。Maは時計のバンドを買った。メイドインオーストラリア。
あと魚屋をのぞいたりした。でもあんまり何もないなぁ。生ごみみたいな変なにおいがしたりする。フィドル弾きがいた。50p入れたらthank youといって何かしゃべりかけてくるけど、何言ってんのかわかんなかった。でも1曲ひいてくれる。クラシックよりは簡単そうだ。第一ポジションだけだし。ぼろいバイオリンだった。駒のところに何かつけているのか、音がふつうのバイオリンじゃない気がする。最後にGod bless you. といってくれるので、God bless you,too という。
おねーちにtelをしたけどまた留守録だった。田舎(祖母宅)に行ってるのかな、土曜日だし。Maは今外へ行っている。

 本日使ったお金
バスツアー £15.5×2 £31
フィドル弾きに 50p
電話 £1
マーク&スペンサー(ふたたび) £3.3(水、ブロッコリー、ポテチ、ぶどう)
時計バンド £14.95
コーヒー(カフェラテ、モカ)£3.35

〆て£54.1 ≒10820円

アイルランドに入ってから、9/2~9/4 2.5日間で£230.11使っている。残りは£327.38

 
PM 10:37 at トリニティカレッジ くさい部屋にて
完全にパワーを取り戻したヨ! 
私はすっかりもとに。Maもかなり元気に。まさかこんなに早く回復するとは!
お昼にグラフトン通りを歩き、ちびのバイオリン弾きとか、身体にゴールドをぬりたくったパフォーマーを見る。ダースベーダーと握手をする。
公園で昼ご飯(朝のパン+スコーンの残り)を食べる。少年のフィドラーグループを見る。中学生くらいの4人組。バイオリンふたり、バンジョーみたいなのひとり、アコーディオンみたいなのひとり。50pあげる。だれに手渡したらよいか迷ってしまった。みんな手をのばすんだもん。で「コンニチワ」とかいうの。日本人だってわかったんだね。だから「Yes こんにちは」って返したり、あと「サヨナラ」っていうのも知っていた。けっこう音楽も上手だった。じゃんじゃん弾いてくれればもっと良かったんだけど。カワイかった。
あとちび二人でやる気なさそうに歌っている子、あとすごいでかいギターをもってバリバリ歌っているちび(この子はすごかった。チップもいっぱいもらっていた)とかいて、おもしろかった。
そのままの足でツアーへ。バスで30分も乗ると田舎になる。やっぱり田舎はいい。途中寝ちゃった。バスガイドさんはずっとしゃべっている。100分の1くらいは聞き取れた。ビジターセンターで最初映像を見て、そのあと展示を見て、それからバスに乗って本物を見に。芝生がずっと続いている中にある。ガイドの人は話が上手なようだけど、ほとんど何を言っているのかわからなかった。でも、芝生の上に寝転がったり、田舎の広々した空気を吸ったりして気持ちが良かった。帰りのバスも少し寝た。
晩ごはんには朝の残りのスコーン、ブロッコリーをゆでて(寮の電磁調理で)食べ(おしょうゆで)、ポテトチップ、あとりんご(ふたりで一コ)、ぶどうを食べた。このぶどうは緑(マスカットみたいな)色で皮ごと食べる。おいしい。
しばらく休んだあと、夜の町へ。
カフェ屋(?)でMaはカフェモカ、私はカフェラテを飲んだ。朝もコーヒーにミルクを入れて飲んだんだけど。あわあわでおいしかった。
ソーダパン、夕方に食べようとしたらヘンになっていた。


追記:2026年10月23日(金)
前日から旅の疲れで、超・低空飛行になっていたが、あちこち行動して持ち直す。やはり、低空飛行を回復させるためのヒケツは、ウダウダ考えることではなく、動き回ることか。
特にダブリンからのバスツアーで、アイルランドの古代遺跡、新石器時代の巨大な墳墓群「ブルー・ナ・ボーニャ(Brú na Bóinne)」を見に行ったのがよかった。
実は、日記にはどこへ行ったかも書いておらず、写真も数枚撮ったきりで、自分が果たしてどこへいったかわかっていなかったが、かすかな記憶を頼り(ダブリンからバスツアーに乗った、ボイン河流域である、渦巻き模様のある遺跡を見た、ビジターセンターに連れていかれたなどなど)、ちゃっぴーにきいたところ、「きっと、これですね!」的な感じに写真付きで出してくれた。ほんとスゴイ時代になったものよ…。




in ダブリン 疲労はピークに ~イギリス旅行12日目~

 1999年9月3日(木)PM 7:30 at トリニティカレッジ

今日は宿を探し(インフォメーションで)、クリスチャーチカテドラルで、朝ごはんのときにもってきたスコーンを食べ、Maとは別行動で私は町を歩いて楽譜を買った。
トリニティカレッジ(大学)で、夏の間、学生寮を旅行客に提供しているので、そこに宿をとる。
Maは一足先に、大学の図書館で「ケルズの書」を見た。私が一回ドミトリーに戻ったときにはいなかったので、また私は外へ出てマーケットでりんご二つとピザを買った。ちょうど戻ったときMaがいたので「食べる?」と聞いたら「いらない」というので、ピザは食べちゃった。残しもせずに。
疲れは最高潮って感じ。Maはぶつぶつ、今日は間断的にずっとだし、ドミトリーはトイレ共同で部屋はへんなにおいがするし。Maと私もなんか気持ちがすれちがう。さっき泣いちゃったよ。なんかすごく疲れた。たぶん12日目だものね。
その上、町は、騒々しくて、キレイじゃなくて、人が多く、工事が多くて、ほこりっぽく、車も多い。それでつかれるんだと思う。あと、道が入り組んでいて迷いやすいし。なんか全然、アイルランドの魅力がわかんないよ、これじゃあ。

両替
£400→IR£461.36に

 本日使ったお金
チェックアウト £45
インフォメーションで£19
トリニティカレッジ(前払いで2泊)£90(ひとり1日£25)
マクビティビスケット 95p
楽譜 £6.95
マーケットでピザ、りんご2個 £1.8
お水 75p
切手 £2.25


追記:2026年10月22日(水)
メンタル不安定な母と海外に行き、意味のない気をパンパンに張り(←気を張っているだけなので、本当に意味がない…)、だんだん気の張り方もいい加減になってきたころである…。旅行当初は、メンタルよわよわな母をおいて「別行動する」なんて考えられなかったのだが、もう「なんとかなるでしょ」「なんとでもなれ」みたいな気持ちになっている。
イギリスから船でアイルランドに渡り、首都ダブリンをウロウロ。ダブリンの町の印象は、とにかく「建物の上に石像が多い」である。神話の人物、歴史上の有名人など(たぶん)、巨大な石像が、建物の上に立っている。これが、なんとも圧迫感があって、なかなかヘビーだった。ヨーロッパには石像恐怖症というものがあるらしいが、なんかわかるような気がした。
(↓ちゃっぴーに聞いたら、出してくれた、こんなやつである)

こんなのが、四方、いろいろな建物の上に立っている…。
宿泊したトリニティカレッジの学生寮は、たまたま部屋が地下だったせいもあるのか、下水のにおいがして、なかなかつらかった。
しかし、よく覚えているのは、このトリニティカレッジで、前日にとまった比較的キレイなホテルのことはまったく覚えていない。まあ、そういうものかもしれない。

アイルランドへ ~イギリス旅行11日目~

 1999年9月2日(木)PM 8:45 at George Frederic Handel Hotel
今日は疲れた…。
顔のカサカサはほとんど治った。あごにちょっと残っているだけ。
夜、Maはあまり眠れなかったようだ。私もコーヒーのせいか、つかれているにもかかわらずなかなか寝付かれなかった。
朝もMaは早く起きた。それにもかかわらずずっと元気だったけど、いまになってちょっとmumble。本当に普段はしっかりしているのに、どういう構造になっているのか不思議。
今朝のごはんはグレープフルーツ半個、焼きトマト、マッシュルーム、堅焼き目玉焼き、コーヒー。おいしかった。全部食べた。
おねーちにバンゴールの駅からtel。留守録にいれた。朝ごはんの時に、ノッティンガムの人に折り紙の風船をあげた。最後の工程は自分でやってもらって(息を入れてふくらませるところ)で、ふくらんだので(まあ、お遊びだけど、相手も面白がっていて)よかった。
8時半ごろ、車で町のセンターまで送ってもらう。パン屋とかのぞきつつ、駅へ行く。途中、行き過ぎて人に聞くことになった。
バンゴールから汽車に乗って、ホーリーヘッドへ。ホーリーヘッドで船に乗るのに、少し迷う。2つ船会社があり、高速船とおそいのがある。高速船は1時間と少し。高速船を選んだ。けっこう快適だった。値段は£35と高いけど。
アイルランドにつき、£100分両替し、インフォメーションで宿をとった。B&Bといったのにホテル。そのうえ、そのホテルに着くまでが以上に大変だった。フィッシャーマンブルストリーというところにあるんだけど、何人の人に聞いたかわからない。Maも私も疲れて、荷物は重いし。ホテルはふたりで一泊£50。まあキレイなところ。でも1泊しかとらなかったので、後悔する羽目になった。とにかくつかれた。

 本日使ったお金
チェックアウト £58.1
野菜サモサ £1
船 Holy Head £35×2=£70
アイルランドで £100 両替 → £110.48
インフォメーションでデポジット、地図、手数料 £7.1
ソーダパン ミネラルウォーター×2 £3.36
電車  Dún Laoghaire → ピアーズstation£1.1×2


追記:2026年10月21日(水)
ウェールズからアイルランドへ渡る。
アイルランド1泊目のGeorge Frederic Handel Hotelについて、またもやチャッピーに聞いたところ、現在はヘンデルズホテルとして営業しているそう。Fishamble Streetにあるというので、間違いはなさそう。ちなみにこのチャッピーに出してもらった写真からもわかるように(屋根のひさしの下にピアノの鍵盤がデザインされている)、「ヘンデル」というのは、「あのヘンデル」で、作曲家ヘンデルが「メサイア」を初演したゆかりの場所と関係ある(かも?)という由来があるらしい。
「きれいなところ」と書いているが、このホテルについては、なんの記憶もない…。





ウェールズのバンゴールへ ~イギリス旅行10日目~

 1999年9月1日(水)朝、TVでセサミストリートを見た(Maはあまり眠れなかったみたい。朝も5時くらいから起きていた)。
今日は9時10分くらいにチェックアウトをし、チーズ屋でパンとピクルスを買ってから駅へ向かった。Maがイングリッシュブリッジを渡ろうとするので、「違うよ、橋は渡らないんだよ」と言って、駅を探すことに。
荷物をしょったまま表示に従うと、なんと町をぐるっと一回りすることになってしまった。歩いたこともないところを通って、左手にテニスコートを見て、シュルーズベリカテドラルを右に見、ハイスクールを見て、St Chad’s 教会も見た。これでシュルーズベリの教会はすべて見たかも。その後、街の中心部に入り、ポストオフィスとか通り、マーク&スペンサーの前を通り、やっと駅へ。
汽車の入る10分前くらいについた。荷物があるので大変。帽子(グリーン)を途中で落としちゃった。
電車に乗り、チェスターへ。1時間くらい。チェスターで降り、ちょっと見物。チェスターは町の中心部までが遠かった。荷物を持っているし、地下道を2回くぐった。
Maは、2、3度、人に「城はどっちか」とか「カテドラルはどっちか」と聞いていた。
チェスターの大聖堂はでかくて、ガーゴイルみたいなのがいっぱいついていた。その前でパンを食べた。近くで女の人がいろんなアリアを歌っていて上手だった。60pあげた。また電車へ。はじめスランドゥノに行く予定だったけど、Maがアイルランドに少しでも近づいておきたいというので進むことにした。スランドゥノで降りて、ベンチに座っているとかわいい女の子二人+小さな男の子+ベイビーが話しかけてきた。かわいい美人さんでおしゃまさんって感じ。Helloと返して、Japanからきたの、Japanって知ってる? と返した。途中、何をいってるのかわかんなかった。「理解できてる?」というので、「わからない」というと「英語はわかる?」といわれちゃった。「ちょっとね」と答えた。
ウェールズに入ると、表示が2種になる。緑色がウェールズ語。バンゴール駅につき、3時30分くらい、とりあえず、シティのセンターに行ってみようということになった。途中私がベンチに腰をおろし、Maが様子を見てくるという。なかなか戻らなくて、いつの間にか4時をすぎている。いくらなんでも遅いので心配し始めた。そのころMaは道に迷って、駅までふたたび戻って、走っていたのだった…。今日はよく歩く日(Maにとっては特に)。
再び会えて、インフォメーションを探す。ちょっと遠かった。さいわい開いていて、部屋を探してもらう。二人で£39。安い。
 ALISON&FRED WHOWELL
GOETRE ISAF FAMRM HOUSE
CAERNARFON ROAD
BANGOR

 ファームハウスという。遠いので宿の人がピックアップしてくれるというのでインフォメーションで待つ。そのうちに車が来た。部屋は青い感じの気持ちの良いキレイな部屋。カワイイおとなしい犬がいる。Mamaは犬がダメだけれど、Maがいなければもっとかわいがるところ。お茶をいれてくれた。パックだけどちょっとおいしいように思う。主人が来て、(さっきは車に途中で乗り込んで無口だったのに)朝食はどうするかときいてきた。choiceができる、グレープフルーツ、オレンジジュースとかから選ぶの。
その後、夕食をどうするかというので、Maと顔を見合わせる。「パンを持ってるけど」というと、「明日の昼にでもとっておけばいいのに」という。で、頼むことにする。私たちがベジタリアンだとわかると「妻がそれ用につくる」という。で、奥さんがきて、いろいろメニューをいう。たとえばキッシュだとか、スープだとか魚だとか。その中からchoiceした。「まあ、たまにはいいよね(外食でも)」って感じだったけど、すごくすばらしいディナーだった。じゃがいもとかにんじんとかブロッコリーがゴロンゴロンしていて。シャケのソテーもおいしかったし、スープもおいしかった。おなかがいっぱいになったけど。そのあと、ケーキ…。甘かった。おいしかったけど。とても残せないので全部食べた。でも、大丈夫と思う。

 

夕食
スープ(野菜・チーズ)
パン
じゃがいも ブロッコリー にんじん シャケのソテー レモンパセリ
ケーキ(ブラックベリー)
コーヒー チーズ
他にいたお客さんはノッティンガムから来た男の人、ノッティンガムはスコットランドかと思ったけど違った。言わなくてよかった。
デザート、ホームメードチーズもちょっとトライした。
デザートのあとの種のあそびをおしえてくれる。チッパー、テイラー、セイラー、ソルジャーとかいうの。「チッパーってなに?」と聞くと、ジプシーだって。
その後、コーヒーを飲み、その部屋の古い地図とか眺めた。地図は1500年代のもので、オリジナルだという。すごい。
奥さんはカトラリーを集めるのが趣味らしい。コーヒーのスプーンはタイで買ったと言っていた。夕食は思い切りほめた。だってノッティンガムの人も「ソースがおいしかった」といって、それをちゃんと(サーブしているご主人)奥さんに報告しているんだから。The best dinner I’ve eaten in Britain. とか何とかいったの。

本日使ったお金
チェックアウト 2泊 £110
チーズ屋 パン小1個 パン大1個 グリッシーニ  £2.82
インフォメーションで £4.9 うち£1は手数料
£117.72 ≒ 23544円

 


追記:2026年10月20日(火)
シュルーズベリから移動し、アイルランドへの足掛かりとなるバンゴールへ。
バンゴールで泊まったファームハウスは、このイギリス旅行でいちばん心に残った。
1泊だけだったのが残念。周りの景色も素晴らしかったし(遠くまで続くなだらかな緑の丘、白い羊たち)、ごはんがとびきりおいしかった。宿のおうちの人たちも、とてもフレンドリーだった。
ちなみに、宿の主人に伝えた、「イギリスでいちばんおいしいご飯でした!」は、その反応からして、通じていたみたいだけれど、I've eatenより、I've hadよね、とか今なら思ったりもする。いちばん考えたのはin Englandじゃダメだ、というところで(バンゴールはウェールズなので)、in Britainとして、そういう意味では、過去のわたし、まあまあがんばったじゃん、と思う。

チャッピーにきいたら、シュルーズベリの「イングリッシュブリッジ」について、すぐ教えてくれた。そうそう、まさにここで、リュックをしょったまま、ぐるぐる歩き回っていたのよ、と思い出す。特に、右下の写真は、自分が見た眺めのまんま。いやはや、便利な時代になったものよ…。