過去の日記 

過去にいたのは今の自分とは別の自分なのか

コナンが好き

1981年10月30日(金)(未来少年コナンのイラストの切り抜きを貼って)
「ニルスの不思議な旅」もおもしろかったけど、やっぱり「未来少年コナン」が好き。
いまの目標は、原作の「残された人びと」を読むことです。


追記:2026年3月17日(火)
NHKで火曜日に放映されていたアニメシリーズを毎週楽しみにしていて、「コナン」も「ニルス」も大好きだった(わたしにとって「コナン」といえば「未来少年コナン」)。
「未来少年コナン」の原作「残された人びと」は、その後、図書館で見つけて借りてきたのだが、難解すぎ&アニメと違いすぎて、ほぼ読めないまま、返却することとなった。

突然の自習

 1981年10月13日(火) 今日、2時間目のとき、先生のだれかがきとくになって、自習になりました。
もしかしたら、あさっても自習になるかもしれないそうです。
先生の、お父さんかお母さんなのかなぁ。かわいそう。


追記:3月16日(月)
このときの担任の先生は、5,6年のときを受け持ってくれた男の先生で、比較的若くて、児童にも人気があったように思う。365日、水色のジャージを着ていた印象。
しかし、「かわいそう」という、語彙よ…。
ちなみに、翌日の日記には「今日、先生が来ました」と書いてある。うーん…。危篤になったひとが、一日でぴんぴん元気になるとも思えないが、真相はどうだったのだろう。当時は今と違って、学校は牧歌的だったようにも思うが、なんだかんだ忙しくて休めなかったのだろうか…。

国語1位の景色

 1981年10月1日(木) う、うれしい! (前回の日能研の模擬試験で)偏差値60とれました! (4科目で)ちょうど60です。2科目なら70。わーい。国語は75。日能研の男女別で1位です。総合は6位です。


追記:2026年3月15日(日)
40年以上前の日記。全国模試で(教科別ではあるが)6位なんていうのは、これが初めてで最後。比較的国語が強かったので、うまくハマると点数がとれた、というのがある。
国語については、ほぼ勉強していなかったので、残念ながら努力が実った…というのとは違う。
ちなみに、これだけ、成績に一喜一憂していながら、中学は公立に進むことになる。

模試の翌日、そしてえんぴつけずり

 1981年9月21日(月)昨日はつかれて、(日記を)書きませんでした。
日能研(前日に受けた模擬試験)は、やはり全然だめ。
今日、手動えんぴつけずりを買う予定。1年生のときから、手動も使ったことがないので、あこがれちゃう。1800円のBOXYか、スヌーピーにしようか、迷っています。
BOXYなら安くなるし、スヌーピーはかわいいし。
とにかく、おこずかいで買うのだ!
Memo:
今、夜です。きゃー、買っちゃった。BOXYのです。ではおやすみなさい。


追記:2026年3月14日(土)
「手動えんぴつけずり」とは、鉛筆を差し込んで、ハンドルをくるくる回して、鉛筆を削るもののこと。同級生の中には、電動のものを使っている子も多かったと思うが、どういうわけか、うちは、母が手動も電動もキライで、手の中に納まる、小さなシャープナーをずっと使っていた。それか、ボンナイフで削るか。
手動にしろ、電動にしろ、鉛筆削り器で削ると、鉛筆が「シュッ」となって、カッコよく、ずっと憧れていた。
BOXYは、三菱鉛筆のブランドだったと思う。赤・緑・黄色、など原色に、黒いブランドロゴだけ入った、シンプルなデザインで、特に男子に人気だった。わたしが買った鉛筆削りは黄色。子ども時代の買い物は、おとなになってからは味わえないような特別な喜びがあったと、懐かしく思う。

テスト前夜、混乱とオブラート

 1981年9月19日(土)
いよいよ明日は会場テストです。
なんにもやっていません。どうしよう(偏差値)60は無理です。なまけすぎているんだもん。明日、がんばるだけ。
今日、120円のオブラート100枚入りを買って、100枚食べました。


追記:2026年3月13日(金)
40年ほど前の日記。会場テストというのは、日能研の模擬試験のこと。特に中学受験をする、という強い希望があったわけでもないのに、塾に入り、雰囲気にのまれているうちに「偏差値」などという言葉を覚え、一喜一憂する日々。
そして、最後の行にさらりとコワイことが書いてある。あの、薬局とかで売っている、薬を飲むのに使う「オブラート」を買って、1日で全部、ペロッと食べちゃったのである。もともと、飴などを包んでいるオブラートが好きなのもあり(舌の上で溶ける~)、それを薬局で売っていると知り、買ったのだが、いっぺんに100枚食べてしまうとは、我ながら、コワすぎである…。
そして、この日記のタイトルは、毎日、日記をAI(Copilot)に読ませて、考えてもらっているのだが、AI曰く、「オブラート100枚という謎の行動まで含めて、『明日のテスト前の混乱した気持ち』がすごくよく表れている」とのこと。
そうか、AIにとっても、オブラート100枚食べちゃうのは、謎な行動なのね、と、笑った次第。

友だちと海へ

 1981年9月16日(水)昨日(敬老の日で祝日)は、OさんとHさんと、千葉の海へ行きました。お母さんが連れて行ってくれました。
寒かったらどうしようと思ったけれど、暑くて、海でちゃんと泳げました。くらげがたくさんいて、こわかったけど、とても楽しかったです。焼きいもも買ってもらって、おいしかった。
OさんもHさんもとっても喜んでいました。お母さん、すきっ!


追記:2026年3月12日(木)

母に連れられて、親友二人と、千葉へ海水浴に。
この頃(小6)くらいの心理は意外と複雑で、友だち二人には母のことを、「ナイスなお母さんでいいね」と思われたい、で、母には友だちのことを「いい子たちね」と思われたい。全方向に気を遣って、楽しいけれど、けっこう疲れた記憶がある。

裏口に助けられた日

 1981年9月12日(土) 今日、お母さんは、CIで、出かけていました。
朝から行ったので、わたしは、学校にかぎを持っていくはずでした。お母さんが「裏から入る?」って聞いたんだけど、「ううん、かぎでいい」って言ったの。
なのに、わたしは、かぎを持っていくのを忘れたの。
「入れなかったら、どうしよう」と思って心配したけれど、裏へ回ったら、開いていました。よかった!


追記:2026年3月11日(水)
CI(シーアイ)というのは、日本CI協会のことで、いまではメジャーになったマクロビの団体である。ちなみにマクロビオティックは、アメリカのおサレなセレブとかが始めた印象があるが、始めたのは日本人。このころ、母は自然食やマクロビなどにハマっていて、熱心に勉強会などに出かけて行っていたようである。
わたしが小学校のころは、土曜日も学校があった。帰宅時、鍵がなくて焦ったが、「裏の入り口のカギが開いていた! よかった!」というもの。
一軒家だったのだが、いやはや、不用心もいいところ。「よかった!」じゃないよ、と、今更ながらにつっこむ。